3月の末、その日も出勤で6時に家を出る。さすがにこの時期ともなれば、日の出も早く、外は明るい。1・2月のピンと張り詰めた、顔を覆うような圧迫感はない。鼻歌の一つも唄いながら、心地よい外気を吸い込み、やや足早に歩く。狭い露地には造園屋があり、私の好きな巴旦杏の木があり、花はまだかなと見上げる。やがて、大きな道路に出、そこを斜めに横断しその先の道路への露地へと入る。多きく開けた道の先が私の行く会社となる。10歩ほど進んだだろうか、数10m先に黒く大きな物体に気がつく。そこは私の知り合いが所有するマンションの前のようだ。しばらく歩くと物体でなく、ザックを横に置いた人間が座り込み、寝ているのが見てとれる。「関わるのも面倒だな」「素通りするか」別の人格が嘯く。その道には歩道がない。車の通行には、あまりにも危険だ。「どうしたんですか」「こんな所に眠っていたら車に惹かれちゃうよ」かなりの大声を出したつもりだったが、起きない。さらに叫ぶ。うつろな目を開け私を見たように感じた。「あ~」力なく応える。酒臭い。身なりは労働者風で、私より20歳ほど若そうだ。ザックをマンションの入り口まで下げてやると、重い腰を上げ、そばに座り込む。言葉は期待していなかったが、なんとなく開放されたような顔付を見て、再び歩き始めた。